転生回顧録Part2、スタートします。
さて、転職回顧録Part1は意外な結果で結末を迎えましたが、40代無職底辺男のブログにはその続きがあります。
『middle-manことブログ管理人は、その後どうしているのか?どんな生活を送っているのか?』
Part2では、私のその後の様子を『真・転職回顧録』として新たにシリーズ化することにしました。
実は私、離婚しました。。。その後、再就職しました!
また、再就職を果たす中で利用した転職サイト・エージェントの感想をまとめてみました。トップページにその結果のリンクがありますので、興味がある方はご覧ください。
では、本編スタートします。
無職底辺40代、久しぶりの帰省
一般的なサラリーマンは、年末や夏休みなどの長期休暇にあわせて家族とともに帰省する。
しかし、私の場合は事情が異なる。
そう、底辺無職中年だから。
往復の交通費だけで40,000円ほど必要になるが、底辺無職には金がない。
収入がないので規制は非常に痛い出費になる。だから帰省はなるべく避けたい。
本音を言えば、年末くらいは両親に顔を見せてあげたいのだが…
それに今年はアルバイトがある。シフトの都合上、年末年始も仕事していた。
そんなこともあり、今年は帰省しなかった。
無職男は去年も帰省しなかった
年末年始の仕事は特別手当が出るうえ、外部からの問い合わせなど面倒な仕事もない。
静かな環境で落ち着いて本来の仕事に取り組めるので、とても快適だった。
このバイト先でずっと働き続けてもいいかなと考えていた時期も。
しかし、年が明けて冷静に振り返ってみると、心境に変化が出てきた。
それは、正社員である上司の働きぶりや、メンバーが引き起こす度重なるミスのカバー、上司の顔をうかがいながらの社内政治。
そんなことが続いて、組織の中で働くことにほとほと疲れてしまった。
会社で働く以上は避けて通れないことだが、もう嫌になった。
無職40代男の考え
そんな私がこのタイミングで帰省することにしたのは、今後のことを両親に報告するためだ。
私は自分一人で仕事をやっていくことを決意したのだ。
つまり、個人事業主としてやっていきたいという内容を報告し、人生の新しいスタートを切りたかった。
はたして、両親は私の考えを理解してくれるだろうか。いや、理解はしてもらえないと思う。母親などは猛烈に反対するだろう。
不安定な個人事業主よりも、サラリーマンとして安定した生活を送ってほしいと訴えるはずだ。
しかし、この年齢で5回の転職歴がある私は、もうまともな企業に再就職することはできない。
履歴書さえ出せば少なくとも面接くらいにはこぎつけられる時代ではなくなった。
中小零細企業の中途採用でさえ、年齢とともにそのハードルはとてつもなく高くなる。
さらに、40代を超えた応募者には管理職としての高い見識と能力が求められる。
残念ながら、私はそのような人材ではない。
万が一採用されたとしても、それは使い捨て上等の営業会社か飲食店、介護、警備くらいのものだろう。
いわゆる不人気業界だ。そうなればまた退職を繰り返し、精神的ダメージをさらに深くしてしまうのが関の山だ。
残された道としてはやはりアルバイトや契約社員のような非正規労働くらいしかない。
仕事が軌道に乗るまでの副業として、一時しのぎ労働ならまだよいかもしれないが…
ここはもう自分でやるしかない。むしろそちらのほうが面白そうな気がする。
私の考え
私の考えはあらかじめ電話で伝えてはいるが、面と向かって話すと母親は泣くかもしれない。これが一番こたえる。
ちなみに、私には医師の兄がいる。子供は二人いる。
そんな兄は、父と母に家電製品や海外旅行をプレゼントしたり、私が逆立ちしてもできっこない親孝行をしてくれている。
私ができない分まで両親を労わってくれており、兄には感謝しかない。
だからこそ母親は、いつまでたってもうだつのあがらない私のことを心配しているのだろう。
40歳を超えてもなお両親に心配をかけ続ける私はダメ人間だ。それは自覚しているが、私には今後の頑張りで報いるしか方法はない。
それにしても今回の帰省は気がとても重い。
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次回の記事もお楽しみに!
真・転職回顧録-帰省編 1/16へ続く
次回:無職40代底辺男、両親と口論になる