無職が昼間のファミレスで感じる不安と焦り。【その後の無職-帰省編11】

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無職にとって居心地のいい場所

私の実家は田舎にある。

しかし、作業をするには静かすぎるし、無職の私にはいろんな意味で居心地が悪い。

そこで最近、よくファミレスを利用している。ドリンクバーを注文して数時間ほど粘る。

客で込み合っているわけではないので、それほど罪悪感はない。

また、世間はGW中なので店員の目はそれほど気にならないが、休みが明ける明日・明後日は厳しい。

いい歳した中年が平日の昼間に毎日ファミレスに来ていることを怪訝に思われそうで気になるのだ。

私が座る席は主に窓際。二人用のこの席からは店内がよく見渡せる。

今はちょうどランチの時間帯ということもあり、家族連れが多くやってくる。
年齢的には私の少し下の世代のようだ。

私くらいの年齢になると、多くの人が立派に家庭を持っている。
私には到底できない芸当だ。

なかには二世代の家族連れで来ている人もいるようだ。
孫の顔を親に見せている人たちを見て尊敬してしまう。

子供に対して好きなものを食べなさいと促しつつ、騒げば注意をしている光景をよく見る。

70代の父は今日も働く

私が子供のころに見た父親の姿がそこにはあった。

新卒で入社した同期達も結婚して家を買い、家庭を築き立派な大人として社会人の責務を立派に果たしている。

本当にすごい。まぶしいくらいだ。
それに比べて私はどうだ。

40を過ぎたこの歳になれば当然、私もそうなると思っていた。
だが、現実は違った。

そして70歳半ばになる父は今日も仕事に出かけた。

それを玄関まで見送り、自分は仕事もせずファミレスで明日のことを心配している。

この歳になっても父親を働かせ、あろうことか飯まで食わしてもらっているわけだ。

そして、母からパソコンの操作方法を質問され、それに対して偉そうに答えている。

私は非常に滑稽だ。

40代の無職のくせに、なぜこんな毎日を過ごしているのだろう。

両親に対して一丁前に偉そうなことを言っている割には、外の世界では何も生み出していない。

内弁慶も甚だしい。

私の情けない現状を見て、母親が嘆くのもよく分かる。
反論できない。

私はいつまでたっても人並みに親孝行することができない。

ここ5年くらい、私が帰省するときはいつも人生につまづている時だ。

両親と話し合ってみたところで納得のいく解決策が見いだせるわけはなく、いつも喧嘩別れに終わる。

ここ数年は純粋に親子団欒の時間を楽しんだ記憶がない。時折、会話に笑顔はあるものの、どこかにひっかかるものがある。

自分では頑張ろうとしてはいるものの、いつも壁にぶつかる。

結婚はできたものの、それがいつまで続くか分からない。離婚の二文字はもうすぐそこまで迫ってきている。

そんなことを考えつつも、自営業として自立する道を歩もうとしている。

このファミレスで今後の計画を練り、ネットであれこれ調べるにつれてその困難さに冷や汗をかく。

「本当にできるのか」
「失敗したらどうするのか」
「しかし、もうこれしか道は残っていない」

葛藤してばかりだ。
笑顔が極端に少なくなったのが自分でもわかる。

先日、ネット銀行からメールが来ていた。
どうやらアルバイト先から先月分の給料が振り込まれたようだ。
これでいよいよ、来月からの収入が途絶えることになる。

焦燥感と不安。

この強力ツートップが容赦なく私を攻めたてる。
この窮状をなんとか脱したい。

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◆ その後の無職-帰省編12へ続く↓↓

40代無職中年男の居場所【その後の無職-帰省編12】
実家は居心地が悪い。居場所がない。今、私が唯一リラックスできる場所はいつものファミレスだ。
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