【40代無職中年男の嘆き】父からの食事の誘い

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朝、いつものように父・母・私の三人で朝食をとった。

そのあと、父から今日の予定を聞かれた。

私は無職の身。本来ならば予定などないが、今日は珍しく、昼から学生時代の友人と会う予定がある

そのことを伝えると、では明後日は予定をあけておいてくれと言われた。

まさか、自分の後を継がせるためになにか予定があるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

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ただ単に、家族でどこかに外食しようということだった。

こういう時は大体、車で30分ほどの古民家を改造したお店に行くのがいつものパターンだ。
なぜ古民家というと、年齢とともにそういうのが好みになるのだろう。

なにせ田舎なだけに、そういうお店が点在している。

別に近くのファミレスでも何でもよいのだが、父としてはそういうところがお洒落だと思っているのだろう。

私はあまりそういう店には興味がないのだが、せっかく色々と考えてくれたのだろうから、その誘いに乗ることにした。

それにしても、最近は家族で外食してもあまり楽しめない。原因は私が無職だからだ。人生に行き詰っているからだ。

私が人生の方向性に行き詰り、実家に帰った時、父はいつもこう言う。

「滝行してこい」

全く意味が分からない。気持ちを入れ替えるという意味を込めて言っているのだと思うが、内容があまりにも突拍子もなく、それでなにか改善するとは思えない。

歳をとるとこういう発想になりがちなのだろうか。

結局、そんなことをしても何も変わらないと主張するのだが、これも平行線をたどることになる。何から何まで父とは考えが合わない。

息子を心配して色々と考えてくれるのはありがたいく思っているし、こうして飯を食べさせてくれることにも十分感謝もしている。

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しかし、やはり合わないのだ。

父とは考えが合わないと強く感じるようになったのは、私が大学進学や就職などで実家を離れるようになってからだ。

それまでは高校を卒業するまで18年間実家にいて、父の考えは絶対正しいと思っていた。

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それが外の空気を吸って色々な考えを吸収するようになってからは、父の考え方はどこかズレていると感じるようになった。

企業の9割が5年以内に廃業してしまうなか、40年以上も自営を営む父の判断は非常に優ていることは認める。私にはとてもできない芸当だ。

だがそれはもう、今の感覚とは合わないとも思っている。

私のような思いを抱いている人は他にもたくさんいるのだろうか。

今日はこれから友人と会うが、それも夕方には解散となる。

それ以降はまた実家に戻り、両親が就寝するまでは居心地の悪い時間を過ごすことになる。今から気が重い。

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