休日を迎える40代無職の気持ち

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あぁ、罪悪感

休日前の夕方が好きだ。

一週間が終わり、翌日に休みを控えた安心感と解放感がたまらない。

とはいえ、私はここのところ毎日が休日なのだが…

無職40代にとって平日はいつも罪悪感でいっぱいだ。

というのは、40歳を過ぎた男が働きもせず、平日の日中、家でパソコンをカタカタしているだけだからだ。

自営業でバリバリ仕事しているならこういう罪悪感もないだろうが、引っ越し先の手続きなどがあり、今はまだ足踏み状態。

いつもならば気を紛らわすために図書館などへ行くのだが、最近注文したパソコンが近々、配送されてくるというので、その受け取りのために家にいなければならない。

しかし困ったことに、このパソコンがなかなか届かない。

そのせいもあって私は最近、日中のほとんどを家で過ごしている。

家にいると、道路工事の音や家の前を通るバスの音がする。いつもなら気にも留めないが、最近はこうした生活音がやけに気になる。

うるさいというわけではない。

むしろ適度な騒音があった方が落ち着くのだが、音がするということは、自分以外の人はなにか目的をもって活動していることを連想してしまう。

その一方で私はというと、そうした目的もなく、ただ荷物が来るのを待っているという何の生産性もない日常を送っている。

それを思うと、焦りとイライラ感が募る。

日々、周りの人々が生産的に活動しているのに、自分は何をやっているのだろう…

社会から切り離されてしまったような思いだ。

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休日前の解放感

そんな私にも、他の人と同じように週末は訪れる。

私も会社員として真面目に働いていたことはあるので、休日前の安心感と解放感はよく分かる。

その安心感と解放感に浸りたくて、最近は金曜夕方に近所を散歩することにしている。

休日前のこの時間帯ならば40代のおじさんがフラフラと歩いていても「会社から早く帰ってきたのかな?」くらいにしか思われず、怪しまれることもない。

また、サラリーマンだったころを思い出して、少しの間、無職であることを忘れることができる。

散歩の途中で周りを見渡すと、戸建の家やマンションの窓から明かりが漏れているのが見え、家族がリビングで楽しく団らんしている姿が頭に浮かび、こちらまで幸せな気分になれる。

普段ならこんな光景を見てしまうと、「みんな楽しそうなのに、なぜ私だけこうなんだ」と僻んでしまうところだが、不思議なもので、この瞬間だけはそうならない。

一昨日も散歩に出掛け、自転車でフラフラと近辺を走ってきた。

空の色は青と赤のグラデーションだった。

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少しだけ気分がよくなった40代無職

気分を良くして帰宅したものの、無職の私にはとりたててやるべきことは少ない。

そこで、新しいサイトを立ち上げてみることにした。

幸い、使っていないドメインがあるので、すぐに作業に取り掛かることができる。
そう考えると結構、ワクワクする。

今は、ブログ=仕事のようなものなので、これはこれで多少の充実感を得ることができる。

ただ、こうした仕事は自分一人で完結してしまう作業だ。

私は孤独にずっと耐えられるほど精神的にタフではないし、かといって無感情でいられるほどドライでもないので、何らかの形で人と関わり合いながら生活することの重要性を実感するようになった。

幸か不幸か、無職になるたびにそう思う。

ところで今日、妻は仕事のために外泊予定だ。
もちろん夕飯の準備はない。

そこで私は今日、駅二つほど離れたお気に入りのラーメン屋に行ってこようと思う。

人に紛れて好きなものを食べる。

これこそまさに、40代無職中年男が孤独を癒すことのできるできる至福の時間だ。

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