ここまでのおさらいと今回のお話
失業給付金の支給は、自己都合で退職すると三ケ月の待機期間があるが、会社都合の場合はすぐに支給される。
私の場合は後者だ。
そのため私はすぐに、ほぼ満額の給付金額を受け取ることができた。
また、まじめに求職活動していれば、半年間にわたって支給される。
つまり、私にとってはこの半年間が勝負だった。
しかし、そう簡単には決まらないだろう。
そんななか、私は偶然にも希望とおりの求人に出会うことになる。他のものとは違い、きらきらと光り輝いているように見えた。
そして、生涯忘れられない孤独な戦いが始まる。
無職中年男、お宝求人を発見!
あいかわらず、目ぼしい求人は見つからなかったが、そうかといってノンビリしてもいられない。
こうなったら、数ある求人をしらみつぶしに探すよりほかに方法はない。
ハローワークに行く度に、毎回2時間ほど端末にしがみついて求人を探していると、ついにその時はやって来た。
明らかに他のものとは異質なオーラを放つ、キラキラと光り輝くような極上の求人を見つけたのだ!
しかも、私の経歴を活かせそうではないか。
それは北欧に本社を置く外資系企業の日本法人のものだった。
仕事内容はWEB系だ。
かなり特殊な業務内容で、ハローワーク利用者のなかで私以外に経験者はほとんどいないだろう。
ライバルが少ないという点では有利だ。
唯一気がかりだったのは、語学力が必要ということだった。
英語を使って行われる本社との定期ミーティングがあるため、英語力の目安としてTOEIC750点相当が必要らしい。
しかし、英語が苦手だから諦めるのはあまりにもったいない。この条件の求人は、転職サイトでもそう簡単には見つからない。
それだけに、どうしてもこの企業で働きたかった。
それよりも肝心なのは、日本での業務をきちんと遂行できるかどうかだ。
業務内容を見るかぎり、私ならやれそうな気がしたので、ダメ元で応募してみることにした。
外資系企業への応募を決意
帰宅後、さっそく応募書類の作成にとりかかった。
求められている業務経験は豊富にあったので、志望理由や実績を通じて自分を十分にアピールした書類を作成することができた。
さて、肝心の英語についてはというと、集中的に学習していくことで十分対応可能だと付け加え、今後の学習計画も添えてお茶を濁しておいた。
また、念には念を入れて、ハローワークの職員からアドバイスをもらったり、妻にも書類の内容を見てもらい、分かりにくい表現を、より平易なものに書き直した。
それだけでなく、その企業が日本で運営する店舗に足を運び、販売している商品の状態やネット上での口コミを考慮して、現状における改善点や消費者のニーズに答えるアイデアも添えておいた。
自分でいうのもなんだが、かなりの出来栄えだ。
満を持して応募書類を郵送した。
結果を待つこと約一週間。
待ちきれなくなった私は少し気が早いとは思ったものの、ハローワークに結果を問い合わせてみることにした。
無職中年が全力を注いだ履歴書。類選考の結果は?
結果はというと…あえなく書類選考落ち。
しかも、私にはこの企業からお祈りメールが来ることはなく、ハローワークに通知が来ただけだった。なんともつれない対応だ。
ここで働くことができれば人生を挽回できるとも思っていただけに、かなり落ちこんだ。
自主的に市場調査も行い、熱意の全てを応募書類に詰め込んだのだ。
『なぜ私ではいけないのか。私の経験など所詮この程度なのか。』
そんなネガティブな気持ちが次々に湧いてきて、ついつい、うつむきがちになってしまう。
だが、妻にはそんな姿を見せることができない。
たとえ空元気であっても、へこたれない姿を見せておかなければ心配させてしまうことになる。
そして、この経験を今後にいかすため、この敗因を分析することにした。
主に考えられる要因としては、年齢、そして英語がネックと思われる。
転職にとって語学は大きな武器になることを痛感した出来事だった。
そんな失意の無職男に、ある企業から一通のメールが届くのであった。
失意の無職男に救いの手が差し伸べられる。果たしてその内容とは?