Cafe de 無職

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【転職回顧録-71】ここで働きたい。はたして、その面接結果は・・・

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そして、遂に私の面接の番が来た。
少々緊張気味で面接室に入ると、女性の面接官二人が私を待っていた。予想に反して、随分とフランクな雰囲気で進められ、少々肩透かしを食らった。

志望理由と前職の退職理由を質問され、事前に考えていたとおりに回答し、無難に面接を終えることができた。
また、会社に入ってやりたいことを聞かれたため、スポーツに特化したコンテンツについて、今後の展望と発展性を提案してみた。

面接官もこの答えに食いついてくれたため、私も手応えを感じた。

無事面接が終わり、帰り際に今日の面接の手応えを妻に電話で話すと、「うまくいくといいね」と励ましてくれた。

そして、二日後、この会社から「面接結果について」というタイトルのメールが届いた。
私はここで「ダメだったか・・」と理解した。

このようなタイトルのメールは十中八九、不合格を知らせる内容だ。
実際、メールを読んでみると、予想とおり、不合格の通知だった。
面接での受け答えには特に落ち度はなかった。にもかかわらず落ちたということは、私が会社でやりたいと考えていることに対して、先方は魅力を感じなかったということだろう。

私の年齢がまだ30代前半ならば、展開は違っていたのかもしれない。
しかし、40を超えた年齢を考えると物足りなかったのだ。

この時点で私の心は折れかけていた。
どんなにまじめにやっても、それが受け入れられる状況にないのだ。
立派な履歴書は職務経歴書を作って、それが運よく書類選考に通過したとしても、面接ではじかれてしまうのだ。

自分のキャリアの薄さを嘆いた。
この先、どうやっていけばいいのか、もう社員として働くことはできないのか。
かといって、妻の前では自暴自棄になるわけにはいかない。

人生とはこうもうまくいかないものか。
きっと、志望校に落ちてしまった塾の教え子(転職回顧録-70を参照)も、今の私と同じ気持ちだっただろう。

夕食時、妻にこのことを告げると、残念そうな顔をしていた。
「もうしばらく塾の先生を頑張るしかないね」と励ましてくれた。

この時、すでに2月半ばだった。
私はまた重い足取りで塾に向かった。

この時期、受験生は最後のラストスパートとして必死の追い込みをかけている。
講師である私は、彼らの前でしょんぼりした顔つきで授業をするわけにはいかない。
つらいところだ。

しかし、強制的に気持ちを奮い立たせることによって、自分自身の就職活動をまた前に進めることができる。
ある意味では、ありがたい職場なのかもしれない。

その日も授業を終えて帰宅し、また求人を必死に探す日々が続いた。
インターネットではあらかた求人を探しつくしていたので、翌日の朝に久々にハローワークに行ってみようと考えた。

そして、翌日、開庁時間とハローワークに活き、早速、検索をかけてみた。
すると、いつも出ている企業名がずらずらと検索結果に表示され、溜息をつきながら、しらみつぶしにめぼしい求人はないかと調べてみた。

すると、見慣れない求人を一件だけ見つけることができた。
よく見ると、つい最近登録された企業で、私の職務経歴と近い職種だ。
これはチャンスかもしれないと思い、さっそく求人内容を印刷して帰宅した(回顧録-72へ続く)。

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