無職中年男のアルバイト生活と絶望的な車窓の風景【転職回顧録-2】

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前途多難な再就職活動

新卒で入社した会社を3年くらいで退職してしまった。

そこから大学院に入りなおしてはみたものの成績が思ったように振るわず、そこも1年半で退学した。

そこからはすぐに再就職活動を行い(転職回顧録-1を参照)、なんとか社会人に戻ることができた。

しかし、再就職はかなりの苦戦を強いられた。ウリとなるスキルも特にないし、なにより経歴が中途半端すぎた。

何かに特化したスキルを持っているわけでもないし、将来的に何をしたいのか全く分からないチンプンカンプンな経歴だ。

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こんなスカスカな経歴が災いし、転職サイトを使って約30社ほどに応募したものの、箸にも棒にも引っかからない。

また、転職エージェントはこんな私を相手にはしてくれなかった。

それなら自分で探すしかない。私は意地で求人を探した。

様々な事務所をネットで検索して、採用活動をしているかを直接電話で問い合わせた。

今思うと、我ながら頑張っていたと思う。

そして、やっとのことで応募可能な企業が見つけた。

当時まだ30歳すぎの年齢だったことも幸いし、奇跡的に内定をもらうことができた。

詳しい職種は言わないが、大まかにいうと士業だ。なぜ士業を選んだのかかというと、これまでの勉強内容を活かせそうだったからだ。

しかし残念ながら、この仕事に面白味を感じることは全くできなかった。

最初のうちは「仕事を始めたばかりだから、まだその面白さはわからないだろう」と思い、しばらくは修行のつもりで一年ほど仕事に打ち込んだ。

自主的に本を買って勉強したり、社内にある共有資産から過去の書類を引っ張り出して自分なりに研究してみたり。

しかし、いつまでたっても面白さややりがいを感じることはできなかった。

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ちなみに私には後輩がいた。
この後輩は社長と出身大学が同じらしく、よく可愛がられていた。

そして私よりも後輩のほうに優先的に仕事が回されるようになった。
私としては仕事上でヘマをやらかしたおぼえもなかったので、この状況はとても不満だった。

そこで私の指導係に当たる上司に相談してみたものの、「向いてないのかもね。早めに辞めたら?」とのまさかの返事…

まあ、自分が甘かったのかもしれないが、励ましの言葉を期待していたので、この言葉は結構ショックだった。

もしかしたら、年齢的なことを考えて、早めに再スタートを切ったほうがいいという上司なりの親心だったのかもしれない。

その後、この先も仕事を続けていくべきか、早目に方向を修正するために仕事を辞めたほうがいのか葛藤したが、結局、辞めることにした。

無職アルバイトへの転落

辞めるときは実家と一悶着あった。

新卒で入った会社を3年で辞め、大学院を中退し、その後せっかく入った会社も辞めてしまう。

両親はそんな息子に呆れていたのだろう。

ただ、当時の私には社内で味方や相談に乗ってくれる人が誰もおらず、精神的にずいぶんとまいっていた。

ここにこれ以上残っていても窓際に追いやられるだけだし、なにより精神的にもたない。

しかし、退職を思いとどまるよう父や母の説得が始まる。いつも電話越しで口論になった。

そうした状態が1~2週間ほど続き、私はついに、誰が何と言おうと仕事を辞めると宣言し、一方的に電話を切った。

もう限界だった。

翌日、出社してからすぐに社長に退職の意思を伝えた。特に慰留もなく、翌週に退職することになった。

この会社にとって私はその程度の人材でしかなかったということだ。全くの戦力外だったのだろう。

ここを辞めてからは自分の我慢のなさに落ち込む日々が続いたが、そんなこととは無関係に生活費は発生する。

当然ながら、無職の私に収入がなく、生活に行き詰る。

そこでやむなくアルバイトを探すことにした。

見つけたのは、巨大冷凍倉庫の中で荷物を仕分ける仕事だ。時給の高い深夜帯で働いた。

当時まだ30代ということもあって、すんなりと採用された。アルバイト先には20代~60代まで色々な年齢層の人が働いていた。

なかには明らかにヤバい人がいた。

どうヤバいのかというと、レゲエにどっぷりと影響を受けており、40代も過ぎているというのに全ての行動がそれ系のノリなのだ…

私も無職なので十分ヤバいとは思うのだが、それを上回るヤバさだった。ヤバいというか、痛いレベルだ。

まあ、そんな人のことはどうでもいい。

決してこの仕事がつまらないわけではなかった。作業していれば時間が経つのも早いし、数人ではあるが、雑談できるような顔見知りもできた。

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しかし、これを本業としてやっていくのはなにか違う。まだそんな年齢ではないはずだ。あくまで今後のためのつなぎでしかないのだ。

深夜帯のアルバイトだったので、勤務が終わるのは23時過ぎ。

最寄り駅までは従業員専用の送迎バスを利用する。

疲れた体を座席に沈め、ぼんやりと車窓を眺めていると、窓の外には都心の華やかなビル群が見える。

「これから先もずっとアルバイトで生計をたてていかなければならないのか?もう俺は終わったのかもしれない…」

バスに揺られながら、絶望感を抱いていたことを今でも鮮明に憶えている。(回顧録-3へ続く)

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