【転職回顧録-3】33歳、無職。孤独な一人暮らし

もうだめか。絶望の毎日

工場で働きながら、転職サイト、ハローワーク、エージェントなど、考えられる色々な媒体を通じて求人に応募した。

その当時33歳。決して若いとは言い難いが、再スタートとしてはギリギリの年齢だと思っていた。

しかし、そう思っていたのは自分だけだったようだ。

採用側にしてみれば、一貫したキャリアを積んでいない私は扱いにくい人材とみなされていたのだろう。

それでも、熱意を示すために企画書を書いて応募書類に添付したり、色々と工夫をしてはみたものの全く効果はなかった。

スポンサーリンク

書類選考すら通過しない日々が半年以上も続く。その数は50通ほどになっていた。

その当時は毎日のように求人検索し、とりあえず応募していた。具体的には三日で二通の応募ノルマを自分に課していた。

しかし、それでも時間を持て余してしまうことが多々あった。そうなると、昼間から家でゴロゴロしていることに強い自己嫌悪の念が湧き上がってくる。

その気持ちをなるべく紛らわせるために、積極的に近所を散歩したり図書館に通っていたものだ。これならばお金を浪費しないで済む。

とはいうものの動けば腹は減る。なるべく節約はしていたが、それにも限度がある。

そうしてお金が無くなると実家に仕送りを頼む。

これほど情けないことはなかった。散歩しながら涙が出そうになった。今でも思い出したくないほど悲しい思い出だ。

こんな生活がいつまで続くのか、俺はもうダメなのか、実家に戻ったほうがいいのか、そんな思いが頭の中をグルグルしていた、

そうこうしているうち、ついにある企業から面接の連絡があった。

この企業はハローワークで偶然見つけた企業だ。いつもの検索条件とは少し変えて、隅から隅まで舐めるようにしてやっと見つけてきたものだ。

仕事内容も勤務地も給与も申し分ない。なんでこんな案件がハローワークなんかに出ているのだろう。

この条件であれば、その競争率は恐ろしい数字に跳ね上がることが予想された。プリンターでその案件を印刷し、念のために受付で現在の応募状況を聞いてみた。

応募締め切りまでまだ一か月ほどあるにもかかわらず、すでに50倍を超えていた。最終的にはどれくらいまであがるのか。この倍はいくだろう。

ハッキリいって絶望的な数字だ。ヤル気が一気に削がれていく。

一縷の望み

この案件は求人情報をくまなくチェックしないと見つからないお宝求人だが、舐めるようにチェックしているのは私だけではなかったのだ。

応募するかどうかを考えた。やるだけ無駄かもしれない。

ただ、応募するのはタダだ。仮に不採用だったとしても痛くもかゆくもない。ダメもとで応募してみればいいじゃないか。そんな心の声が聞こえてきた。

だからこの心の声に従ってみることにした。

きっとそうそうたる経歴の人が応募していることだろう。そんな人たちに対して私が勝てるポイントは何もない。せいぜい年齢と熱意くらいのものだ。

そこで、とにかく年齢と熱意だけでもアピールすることだけを心掛けた。どうせ時間を持て余してるんだし、納得のいく応募書類を作ってやろうと意気込んだ。

それにはまず、採用担当者の目に留まらなければ何も始まらない。だから、嘘とは言わないまでも、職務経歴書にはちょっとだけ話を盛った。

履歴書の幅など、フォーマットを大きくいじり、自分のやりやすいように書き換えた。もちろんPCで作成した。こんなものを手書きしていては日が暮れてれてしまう。

スポンサーリンク

そしてやっと、全てを書き終えた。

何度も何度も見直し、推敲を繰り返した。時にはハローワークの職員にも見てもらい、第三者からのアドバイスももらった。

それらを書類に反映し、なんとか納得のいく書類を作り上げることができた。さっそく最寄りの郵便局にもっていき、祈るような気持ちで応募書類を郵送した。

そこから待つこと2~3日。先方から電話連絡があった。

結果はなんと、まさかの選考通過!

絶望や失望が続いた中で、少しだけ希望の光が見えてきた。
やっとつかんだチャンスだ!!

絶好の好機を逃してなるものかと意気込んだ。(回顧録-4へ続く)

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする