転職回顧録-33

私の担当エリアは会社から電車で1時間半くらいの郊外だった。

そのような場所にある会社は、23区にある会社と比べて大きな相違点がある。
それは、訪問先の会社が点在しているということだ。

23区内であれば次の訪問先までは徒歩10分の距離だったり、山手線で1~2駅ほど行けば到着することが多いが、郊外の場合はこうはいかない。移動手段がバスであったり、徒歩で30分以上かかったり。

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移動にとにかく時間がかかり非常に不便なのだ。そうなると必然的に訪問先件数が伸びない。訪問先件数が少なくなると上司からの指摘が入り、無理な目標設定を課されかねない。そして訪問先件数をこなすだけの中身のない仕事をしなければならなくなるのだ。

また、約束の時間に早く着きすぎたりすると時間をつぶす場所に困った。都会の会社であれば近くの喫茶店にでも入るのだが、郊外では事情が異なる。
秋口や春先ならば近くの公園などで待機していればよいが、冬になると非常に厳しい。コートにくるまって寒さに耐えるしかない。
これは本当につらかった。

そして、遠方のエリア担当の私は、支給された交通費が他の人たちより減るのが早い。
交通費がなくなると支給を申請し、2週間ほどしてまた申請・・・このサイクルを繰り返していると、上司や総務部から暗に嫌味を言われるようになった。
大きな契約を取れていれば反論することもできるが、小さなサービスの契約を数えるほどしか取れていなかった私が反論できる状況ではなかった。
私からすれば、担当エリアが遠方である事情を汲んでほしかったのだが・・・

今まで主にデスクワークしかしてこなかった私には、外回りは難しい仕事だったのかもしれない。私が当初思い描いていたものとは少しづつズレ始めてきた気がしていた。
そんな思いで帰社すると、私の日報を片手に、上司から色々な指摘が入る。

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そうなると、家での口数が少なくなり、妻との会話も減っていった。
仕事がうまくいっていないことはあまり言いたくはなかった。なぜなら、妻の前では仕事ができる男を演じていたいからだ。
様々なことが悪循環になっていった。

そんな憂鬱な日々が続くなか、ある日、私のOJTを担当してくれていた先輩社員から話しかけられた。(回顧録-34へ続く)

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