転職回顧録-55

工場でのアルバイト(転職回顧録-54を参照)を始めて一週間が過ぎた。

私の班は全部で約10人から構成されており、そのほとんどが自分よりも年上のおばちゃんだ。
みな気さくで、休憩時間によく声をかけてくれたり、おやつとして持参したお菓子を分けてくれる。
そのお返しとして私も、近所のスーパーで買ってきたお徳用お菓子パックを配ったりしていた。こうしたコミュニケーションは、円滑な人間関係の構築に欠かせない。
それにしても、この工場で働けて良かった。

仕事中もおしゃべりを適度に交えながら作業を進めることができるのでストレスはない。

普段は自分の素性をできるだけ隠しながら生活しているが、ここではそんな気苦労は無用だった。無職であることを堂々と公言していた。また、私が夕方から塾講師として働いていることを話すと、面白がって聞いてくれた。
働き盛りの中年男がアルバイトしているので、何かしらの訳があることは暗黙の了解で分かっているはずだからだ。

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こんな人たちに囲まれて働いていたが、なかにはまだ20代と思われる人たちもいた。
聞けば、就職活動中というわけでもなく、いわゆるフリーターだそうだ。
正直、非常にもったいない。
就職や転職において、若さは最大の武器だ。それを無駄にしてほしくはない。
私の口からそんなことを話しはしなかったが、私以外の年長者たちもみな彼らを心配していた。

きっと私が想像している以上に、アルバイトで生計を立てている若年フリーターは多いのだ。働いているときは気付きもしなかったが、いったん正社員というレールから外れてアルバイト生活に堕ちてしまうと、今まで見えなかった景色が見えてくるようになる。

ところで、このアルバイトは一ヶ月の期間限定だった。
つまり、せっかく仲良くなれたこの人達と一緒に働けるのもその間だけだ。

ある日、いつものように働いていたところ、派遣会社から呼び出された。
帰宅する際に会議室に来てほしいということだった。

就業時間が終わり、指定された場所へ向かうと、そこにはすでに数名のアルバイトの人たちがいて、個別に派遣会社の社員の人と面談をしていた。見かけたことのある人たちばかりだ

やがて私の番になり、こう告げられた
「このお仕事はあと3日でおしまいになります。」

ここに来る前から嫌な予感はしていたが、それが現実のものとなってしまった。
これが噂の派遣切りというやつだ。
もともとこの派遣会社に登録したとき、場合によってはこうなる可能性があるとは聞いていたが、この案件に関しては大丈夫ではないかということだった。
どうやら、他の派遣会社とのパワーバランスや減産などで、その状況が変わったようだ。

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しかし、はいそうですかと簡単に引き下がるわけにはいかない。
ここでの仕事は、塾講師とのダブルワークをしていくうえで最適な条件がそろっていたからだ。
他に仕事はないか聞いてみると、同じ工場内で他の仕事があるという。
迷わずその仕事を紹介してもらうことにした。

やはり派遣の仕事は不安定であることを実感した。一日も早く社会復帰しなければならない。

その後の塾での仕事を終えて帰宅したあと、私より遅く帰ってきた妻にこの日の出来事を話した。
少し不安な表情を浮かべていたが、違う仕事を紹介してもらえることになったことを告げると、安堵の表情を浮かべていた。
おそらく、私以上に、この生活に不安を抱いているに違いない。本当に申し訳なく思った。

そろそろ年末が近づいてきていた。
なんとか年は越せそうだが、それ以降は依然として先行き不透明な状況が続いていた。(回顧録-56へ続く)

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