転職回顧録-56

翌日もアルバイトのため工場へ向かった。

更衣室で作業着に着替えていると、同じ班の人がやってきた。
この人は定年退職した後、この工場で働き始めた人で、ひょんなことがきっかけとなり仲良くなった。

一回り以上も歳が離れている私のことを気にかけてくれており、奥さんのためにも早く転職先を見つけなさいとよく話していた。

この人は私と同じ派遣会社から派遣されており、ここでの勤務歴も長いことから、色々と裏事情にも詳しかった。
そこで、相談も兼ねて昨日の雇止めの件を話すと、みんな同じ状況だったようだ。ここではよくあることらしい。その場合は、同じ工場内で色々な作業場を転々とすることになるため、あちこちに知り合いができるそうだ。

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また、同じ場所で働けるといいね、などと話しながら一緒に仕事へ向かった。
そして、就業後、派遣会社の社員に次の仕事紹介の件について尋ねてみると、この工場内で別の作業案件があるので、その仕事を紹介してくれることになった。

今よりも就業時間が少しだけ後ろにズレるが、許容範囲内だった。
しかし時給は下がる。私のような40代無職にとって時給が下がるのは非常に痛手だが、ダブルワークをするためにはその条件を飲まざるを得なかった・・・派遣を続けていると、こうした負のスパイラルに巻き込まれていくのだろう。

そして工場での仕事を終え、次の仕事場である塾へ向かった。
この頃になると、担当していた生徒の顔と名前は一致しており、生徒の方も私になついてくれていた。

授業が終わり、控室で一息ついていると、塾長から声を掛けられた。
なんでも、この冬に初めての勉強合宿を行うので一緒に来てほしいということだった。塾の規模を拡大していくための初めてのイベントだという。

しかし私は、この勉強合宿というものが嫌いだった。
必勝鉢巻を頭に巻いて、先生と生徒が一緒になって合格するぞと叫んでいるシーンをニュースでよく見る。自分がその当事者になるのは寒気がしたし、もし自分に子供がいたら、そんなことをさせたくなかった。

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ここできっぱりと断れればよかったのだが、提示された日給がとても魅力的だった。時給換算にすると普段の1.5倍になる。
もちろん、交通費、宿泊費、食費は塾の負担だ。自分のポリシーに反するが、快諾した。ポリシーで飯は食えない。

合宿の宿泊先はバスで1時間ほど行ったところだ。
冬場は観光客が少ないシーズンなので割安で泊まることができるのだという。

子供一人あたりの参加費や必要経費を色々と計算してみたところ、この合宿でかなりの額がプラスになる。もうちょっと講師に還元してくれもいいのにと思った。
それにしても、なかなかおいしいビジネスだ・・・

なんにせよ、思いがけず臨時収入の目途が付いたため、その日は少し上機嫌で帰路についた。(回顧録-57へ続く)

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