男はまた絶望的な無職に戻ろうとしていた。【転職回顧録-7】

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一寸先は闇

昔の人はうまいことを言うものだとつくづく思った。

色々あって人生の選択に間違えたりしてきたが、それをなんとか修正し、やっと軌道に乗ったと思っていた矢先、まさか会社がなくなるなんて…

この会社に勤めているとき、私は結婚していた。

そもそも私が妻にプロポーズしたとき、「この人とならこの先も大丈夫そうだ」と信じてくれたからこそ、結婚を受け入れてくれたのだろう。

それなのに、1年もたたないうちにこうなるとは予想だにしていなかっただろう。

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倒産を告げられたその日の帰り道、これから先どうしようか、そのことばかり考えていた。あまりそのときのことは覚えていない。

帰宅して「ちょっと話があるだけど」と言ってテーブルに座ってもらった。深刻そうな顔をしている私を見て、なにかあるなと思っていたそうだ。

話を切り出すのに時間がかかったが、やっとの思いで妻に倒産のことを告げた。

妻はかなり驚いていた。それはそうだろう。まさか結婚して数か月で、こんなことになろうとは…

そこからは今後のことを二人で時間をかけて話し合った。

倒産が決まったとはいえ、今日の明日ということではな。しかし、長くても2,3年のうちにつぶれてしまうのは目に見えていた。

仮に最後の最後まで会社に残ったとしても、倒産してしまった時点での私の年齢は40を超えている。そうなれば再就職の道は絶望的だ。

個人的なツテがあれば話は別だが、そんなものはない。だとすれば、何か手を打っておかなければいけない。

二人で出した結論は、早期退職に応募することだった。40手前ならまだ再就職も可能かもしれない。それに今のタイミングでの退職ならば、割増で退職金を支払ってくれる。

後日、義両親にもこのことを話した。非常に辛そうだった。

義両親からすれば、安定した収入のある男に娘の将来を託したわけだから、裏切られた思いではなかっただろうか。

とはいえ、倒産したのは私のせいではない。しかし、そんなことはとても言えない。

早期退職を決めてから

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早期退職を決めたのだから、いつまでも悲嘆してばかりいられない。すぐにでも転職活動をはじめなければ。

いくつもの転職サイトやエージェントを利用して、少しでも経験が活かせそうなものがあれば職種を問わず応募した。

数年ぶりに履歴書や職務経歴書を書いた。ここに入社する前のツラい日々が蘇る。

ただ、早期退職といってもといってもすぐには退職するわけではないので、就職活動は土日に限られる。

近所のハローワークは平日しか開いていないので、残った有給を使ってハローワークの担当者にアドバイスを求めたりした。

「どうやれば採用担当者の目を引く文章になるか」
「論理が矛盾していないか」
「無理がないか」

そんなことを考えながら文章を何度も推敲した。熱意を示すために企画書なんかも添えたりしてみた。

そうやってやっとの思いで仕上げた応募書類も、ほとんどの場合は書類選考ではじかれてしまう。応募が40社を超えた。

あまりにも書類選考落ちが続いていたので、その割合を計算してみたところ、面接に進むことができたのは応募件数の10%に満たなかった。

おそらく、原因は年齢だろう。採用側からすれば、転職回数の多いおっさんよりも30代前後の人のほうがいいに決まっている。40過ぎのほぼ未経験者などには興味はないのだろう。

それに加えて、採用側は、私のことを希望退職に応募したリストラされた人材としてみているおそれがあった。そうなればますます、面接に呼ばれるわけがない。

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最初のうち不採用のたびに落胆していたが、そのうちに慣れた。でも、妻に不採用だったことを言うのは辛かった。

転職サイトを見ていると、社内風景として掲載されている写真には、おしゃれなオフィスが写ってされており、そこで働く人たちはみんな楽しそうだ。それを見るたびに悲しいような悔しいような気持ちが湧いてくる。

なぜ俺ではダメなのか。そんな思いが頭から離れない。このままどこにも決まらないのか、どうやって生活していけばいいのか。

卑屈になっていても事態が好転しないことは十分わかってはいたが、気持ちが吹っ切れることはなく、寝ていても夜中に起きてしまうことが何回もあった。

妻も精神的にしんどかったに違いない。

結局、転職先が決まらないまま退職日を迎えることになった。(回顧録8に続く)

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