目 次
帰りの電車にて
その人を見たのは、仕事帰りの電車のなか。
彼は私のすぐ近くに立っていた。
年齢はおそらく50代後半。Tシャツの上からもよく分かるくらい腹は出ていた。
ずいぶんと昔のモデルのウィンドブレーカーを着ており、どこか黄ばんでいる。
背中には大きなリュックサックを背負っており、眼鏡や履いているスニーカーも薄汚れていた。
すぐ近くに立っていたからわかるのだが、ちょっと臭い。
パッと見た感じ、社会人のようにはとうてい見えなかった。
手に持っていたもの
彼は一冊の本を手にしていた。
それをよく見てみると、資格試験の参考書のようだ。
『よく分かるITパスポート』
たしかそんな感じのタイトルだったと思う。
題名は定かではないが、ITパスポートの初心者向け参考書だったのは確かだ。
ここからは私の勝手な想像だが、おそらく彼は無職かアルバイトだろう。だから、彼なりに安定した働き口を求めて何らかの資格を取ろうと思ったのかもしれない。
そこで技術者の登竜門的な位置づけであるITパスポートに挑戦しようとしたのではないだろうか。
確かに資格を取ってそれを今後につなげようとする意気込みは素晴らしい。しかし、ITパスポートはごくごく基本的な資格。
なので、新社会人や就活中の大学生など20代の若者ならば少しはプラスになる。
しかし、たとえ彼がこの資格を取得したとしても、あの風貌と年齢では就職活動には全く影響しないだろう。
そもそも書類選考すら通過することはないと思われる。
合格したとしてもそれが今後に有利に働くことはない。でも彼はそれに気付くことなく、苦悩する日々が続くのだろう。
それを見ていたとき、自分でもなぜそう思うのかは分からなかったが、悲しかった。
ただただ悲しかった。
『社会の底でもがいているけれども物事がうまく進んでいない』
そんな自分の姿を鏡越しに見た気がしたからなのかもしれない。
しばらくの間、彼の姿が頭から離れなかった。
オムライスにまつわる元妻の思い出
そんな悲しいワンシーンが頭から離れず、足取りはいつもより重い。
そこで途中で例の中華屋に立ち寄って何とか気分を持ち直すことにした。
温かいご飯を食べると少し気が上向いてきた。
その後帰宅して毎週見ている深夜帯のドラマを見るためにテレビをつける。
金曜日はいつもより少し夜更かしできるのだ。
このドラマは30分位の1話完結で、グルメをテーマにしたものだ。主人公が旅行先の寂れた食堂で何か食べるというだけの内容。
そして、この日のテーマはオムライスだった。
これを見たとき、私は妻のことを思い出していた。
思えば、元妻は料理が極端に苦手だった。
だが、そんな彼女でも一生懸命に夕飯を作ってくれることがあり、そういうときのメニューは決まってオムライスだ。
しかし、ケチャップの入れすぎでご飯はベタベタだし、そのうえ卵もフワフワではない。
お世辞抜きにも美味しいオムライスとはいえなかったが、苦手なりに頑張って作ってくれていることはよく分かった。
だから『うまくできたね』なんて言いながら一緒に食べていたことを思い出す。
その次のオムライスの日には私も一緒に台所に立ち、共同作業で大き目のものを作り、それを仲良く一緒に食べていた。
オムライスは私たち夫婦をつなぐメニューだったといえる。
しかし、離婚が決まってからというもの、だんだんとそうしたことも減っていき、二人一緒で何かするということもなくなっていった。
決して仲が悪かったということではない。会話もあったし、喧嘩も少なかった。ただ、私の甲斐性がなかったというだけだ。
離婚から一年が経過。今思うこと。
振り返ると、あれから一年以上が経過した。
私たち夫婦はごくたまにではあるが、それぞれの休みを合わせて都内に散歩に出かけていた。気に入ったお店を見つけてはフラっと立ち寄り、たわいのない会話を楽しんだ。
でも、そんな日常は私の会社の倒産によりあっさりと崩れ去った。でも自分がこうなってしまったきっかけは全て倒産のせいだというつもりはない。
むしろ、人生を再構築することのできなかった自分が情けない。
今はただ一人、築30年以上のオンボロのマンションに住み、毎日くだらないことで必要以上に悩みながら、そして愚痴を吐きながら生活している。
何をどうしたらよいのか、自分でもよく分かっていない。
それでもまずは働かなければと思って、昨年、なんとか再就職を果たした。
しかし、今となってはそれが正しい選択だったのかも疑問だ。
だから今、少しづつ色々な準備を始めている。
うまくいくのかどうかも分からないが、まずは一歩ずつ進めている状態だ。
気晴らしに、こちらもどうですか?
私の転落人生はここから始まりました
少し前の記事ですみませんが拝見して思うことがありましたのでコメントさせていただきます。
私は今はたまたま総務・採用担当をしていますが、以前コメント欄に書いたように現在の仕事に就く前はパワハラが原因で前職を辞めて1年3ヶ月無職でした。
そして「そろそろ仕事をしたいな」という気持ちになったタイミングで今の仕事の求人を見つけ無事採用され今に至りますが、自分もmiddle-manさんが電車で見かけた男性と似たようになっていても何らおかしくはなかったと思いますし、今後そうならない保証はどこにもないなとも思います。
(middle-manさんの推察が正しい前提で書きますと)そのITパスポートのテキストを持っていた男性がどうして無職になってしまったのか・・・
高校や大学を卒業して全然正社員としての職歴を詰めなかったのか、事業を営んでいたが破産したのか、病気等が原因で離職して何十年も経ってしまったのか、職歴がなくITパスに合格したから就職できるわけではないことは頭では分かっているけれど資格試験の勉強をする以外にできることもないということなのか・・・
そもそも推測の域を出ないため考えても仕方ありませんが、他人事とは思えないと感じました。
余談ですが、今年の秋に基本情報技術者試験を受けようと考えており、それもあってこの記事が特に目に留まりました。
基本情報を受ける特段の理由はありませんが、以前から取りたかったのと、7月に入れば仕事が一段落するため受験することにしました。
middle-manさんのような方からしたら基本情報は初歩の初歩かもしれませんが、情報分野に苦手意識がある自分としては結構難しいなと感じています。
アルゴリズムって何だっけ?という感じです(・・;)
一応C言語とかHTMLがどんなものかは分かる程度です。
せっかく勉強するなら合格そのものも大切ですが内容も理解したいと考えています。
以上余談でした・・・。